第2次ニアス島災害支援検証&交流訪問:MISHOPスタディツアーの会・自主グループ


ニアス地震復旧支援の検証・ニアスでは復旧活動が活発化してきた。一時島外へ避難していた人も島に戻って来た。至る所で建築ラッシュだが建物は依然と地震前と似たり寄ったりで不安だった。
by niasu06
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第2次ニアス島地震復興支援検証&交流訪問報告

>>>二アスからDumanさんが三鷹にやって来た!<<<

二アス独特な伝統文化と伝統家屋群(ロングハウス)・Bawomataluoにて。
↓勇壮果敢なニアスの男。2メートルもの石飛び披露で歓迎。左後方は王様の館。
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ご挨拶

MISHOPステディツアーの会、および協力者の皆さん、スマトラ沖地震被災者支援委員
会へのご支援、ご声援ありがとうございました。調査隊に参加された皆さんもお疲れ様
でした。

二年前のスマトラ沖地震発生時に地震被災者支援委員会を立ち上げてから、二回に調
査隊を派遣し支援ができましたことは、皆さんの熱意と温かなご協力と励ましの賜物
であったと考えております。皆さんの思いをニアスに運び、形にし、ニアスの復興に
協力できたことは、私にとっても非常にうれしいことでありました。

さらにこの活動は、国際交流協会という市民団体の一グループが海外支援活動を直接
行い、さらに支援後の影響調査まで行った事実は、今後の日本の市民活動の可能性の
拡大に寄与し、市民活動を通してこれからさらに前に進もうとする人たちに勇気を与
えるものになったのではないかと考えております。

今後、10月のNGO交流事業に向け、報告書を作成することを考えております。なに
とぞご協力のほどよろしくお願いいたします。

■MISHOPスタディツアーの会
ニアス島地震被災者支援委員会
委員長:西田昌之
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>>>民際交流・小さな支援・国際理解<<<小さな試みから多くの信頼が育まれた。

 2006年7月に第1次二アス島地震津波被災の復旧支援活動を行いました。そして1年後の2006年7月6日〜17日の日程で、第2次二アス島復旧支援検証&交流訪問団有志6名が二アス島を訪れました。二アス島は一時島外に避難していた人々が戻って、一年前には想像もつかないほど活況を呈していました。テント村や避難民であふれていた避難所も落ち着くに従って村に帰りほとんど見かけませんでした。初めて訪れた人にはここがあの大災害のあった島?と思うほどでした。

しかし、表向きの活況とは裏腹に大きな災害の痛手は計り知れず、本来の二アス島になるまでにはむしろこれからだと感じました。二アス島は苦難を抱えて復興へ向け、ようやく緒に就いたというべきでしょう。

 二アス島には、世界遺産になっても不思議ではないと思える伝統村落群と家屋建築があります。島民はその伝統を頑に守って独特な文化を築いてきました。二アス人は心優しく素朴で訪れた人はきっと心癒されることと思います。これを機会に二アス島の存在を知り理解を深めることが出来れば幸いです。そしていつの日か、是非二アス島を訪れてみてください。

 以下、今回ささやかな支援活動の合間に見た二アスの現状を紹介いたします。

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事後検証
↓簡易水道改修支援したヒリガノウォ(Hiliganowo)の村の入り口。
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↓急坂を喘ぎながら登りきった一番外れにも水が届いていた。水汲みは子供と女性の仕事だけに格別に嬉しそうだった。それにしてもニアスの子供はよく働く。
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↓みんな一年前の顔なじみ。皆で再訪問を歓迎してくれた。
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↓村の人々の笑顔に支援の結果を確証した。水汲みの苦労を軽減できた女性なればこそのこの笑顔でした。女性が幸せなら全てが円満。本当によかったね〜!
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↑↓この辺りは避難小屋がひしめいていたが、それぞれの村に帰り平常の生活に戻った。みんな元気かな〜?この辺でハーモニカや歌で交流したっけ。
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↓一年前の様子。
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↓村では新しい教会を造る地鎮祭に参加した。大きな災害や犠牲があった後には新しい教会を造る?前向きに動き出した証拠。頑張れ〜!
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↓別の被災地モアウオ(Moawo)へ支援した手押しポンプと新しい井戸はきれいな小屋の中にあった。大事に使っている様子が感じられた。
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↓支援先を記したプレートがあちこちに。それはMISHOP-STG。
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↓支援で他の井戸も掘り直してきれいな水が。深くて底が見えるかな?もう少し支援金があればこの井戸にも手押しポンプが設置できたが...残念!
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あらたな試み
↓文化交流機構NPO法人「円座」より委託されたノートPC4台を運ぶ。4校に寄付された。ニアスのITインフラはこれからでPCもほとんどない状態。ニアスは決して地球の外れではない。このPCで世界とつながることを夢見ている。NGO-Lpam-nias事務所にて。
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↓学校が復興し開校記念式典で寄贈されたノートパソコン。笑顔が全てを語る。この4枚の写真は後日Dumanさんが送ってくれたものです。
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↓沢山の人々が見つめています。ノートPCは特に珍しい。
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↓未来を期待された子供たち。子供の目は大人を見ている。
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↓二アスの伝統衣装。二アス人の誇りです。
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復興の兆し。世界のサーファーが戻って来た!
↓世界中のサーファーのあこがれ・ニアスの波にもお客が戻ってきた。(ソラケビーチ)
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↓ソラケビーチの波際に建つサーファー向けロスメン。外国人サーファーが来ていた。日本人サーファーも来たといっていた。少しずつ回復して来たようだ。日本のサーファーも是非行って欲しいな〜。いい波が待ってるよ!(津波ではない!)
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↓普段は心優しく素朴なニアスの男達。その昔、首狩り族だったとは信じがたい。
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第2次ニアス訪問団メンバー(MISHOPスタディツアーの会:6名)
 西田昌之、大胡玲子、林 仁美、池田和子、小高利恵、小高武甫
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*ニアス訪問日程
 2006年7月6日〜17日(最終帰国日:マレーシア経由7月26日)
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■メデア
2006年9月9日(土)読売新聞武蔵野版に掲載された記事。

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概要と記録

05年7月の一年前にニアス島へ支援金を持って復旧支援活動した。その後の検証と交流を目的に有志6名の第2次訪問団がニアスへ飛んだ。予定通り実施されているか?期待と一抹の不安を秘めての訪問だったが、ヒリガノウォ村の2000名以上の避難民の命の源「簡易水道復旧」はきれいな清水がほとばしっていた。モアウォの井戸掘削と手押しポンプの支援も完璧に出来ていた。

支援活動のきっかけとなった現地NGO・L-PAMの若い責任者Dumanさんは、若いメンバーと力を合わせ私達の期待に見事に応えてくれた。ほとばしる清水と村民の安堵の笑顔を見て訪問団は改めて感激したのであった。


新たな悩みもあった。ヒリガノウォ村の簡易水道の水源地所有者が亡くなり、相続した不肖の息子がなんと!水の使用量毎月50万ルピア(約7,000円前後)を請求してきたそうだ。当人はメダンに住み時々来村しては水源地のパイプを塞いで嫌がらせをするとか?村民は、帰った後再びパイプを開くがこのようなイタチごっこが続いている。村民には使用量を支払うだけの余裕がないと、村長は頭を抱えていた。

↓ヒリガノウォの村長は前日、身内の葬式だった。励ましに心ばかりの寄付金と老眼鏡が西田リーダーから村民へ手渡された。
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↓大胡さんが運び込んだ30キロ以上の衣類の一部も村長に託された。
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今回は30数キロの衣類のほか、老眼鏡、文房具、そして文化交流機構NPO「円座」より委託されたノートPC4台も運んだ。中古ノートとはいえ17キロに及ぶ精密機器のPCと、限られた人数に重量オーバーなどの問題をクリアしての運搬は大変神経を使った。メンバーも自分の持ち物を最低限に減らし、限界ぎりぎりまで機内に持ち込んだりして、あの手この手の細かい努力でなんとかクリアーした。

メダン空港では入国時PCが検査に引っかかった。オープンしたとき隅に老眼鏡が入っているのをめざとく見つけられ3個くれと要求された。仕方なく2個だけOKするとPCについてはそれ以上の詰問はなかった。衣類も同様で新しいTシャツ3枚をねだられた。


老眼鏡は想像以上の支援品となった。衣類は公平に分配する難しさをDumanさんの父親からいわれた。日本人が持って来たと知っただけでもうっかりすると妬まれ、村の秩序が不安定になるおそれがあるそうだ。大変難しい大役を、心意気に感じて、なんとか努力してみますとお引き受け下さったのでした。支援の難しさを実感しました。家柄もよく、裕福そうに見えるDumanさんの家も実に質素。これも隣人への配慮か?

PCが現地で正常に動いてくれた時には皆歓声をあげた。島内の4つの学校に寄贈されることになったが、問題が起こった。電圧変換の電源コンセントは直ぐ使えるようにメダンで探し求めて購入し持って行ったが、OSを英語版にしなければならなかった。だが、心意気を感じたL-PAMのPCに詳しいスタッフが、英語バージョンのOSにインストールし直してくれた。

↓文化交流機構NPO・円座から委託のPC
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ニアスの学校はあいにく夏休み中。一部の先生とお会いしたが学校にはまだインターネットもPCもないという。だが、島の若者の将来の為には是非必要だと大変歓迎して喜んでくれたのだった。学校がオープンしたら寄贈式を行うので記録写真を送ると約束してくれた。ITインフラは市街地の一部以外はまだこれからだが、近い将来このPCでニアスが世界につながると思うと期待が膨らんだのであった。L-PAMのスタッフがPC指導もしてくれるというので安心だった。こうして、なんとか円座の期待に応えられたのだった。

↓PC寄贈先のSDN Teluk Palan学校の 先生を訪問。ご夫婦は小学校の先生。子宝がなくこの子は養子。子供達の将来のために是非PCを教えたいと期待していた。
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↓夏休みで子供が先生の家のTVを見に集まっていた。一緒に歌の交流会をした。
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↓寄贈先のSDN Teluk Palan 小学校は夏休み中でした。
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↓教室の様子。
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PCは現地ではあってもブラウン管デスクトップ、それも学校や個人の家庭にはほとんどない。ノートPCなど高嶺の花。現地でもデスクトップをどうやって運んでくるのか?と、心配したとの笑えない話もでました。

↓街で見かけたインターネットカフェー?だがインターネットには繋がっていない。
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学校も被害に遭い、キリスト教関係の私学では、外国の関連支援で立派な学校が建った。しかし黒板も机もない。先生の給料も未だ貰えないそうだ。わずかだが文房具を寄贈した。

↓立派な学校は建ったが....。机、椅子、黒板もない。図書らしきものも見なかった。
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↓先生の給料はいつになったら...?校長先生の嘆きは深刻だ。
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この他、国際基督教大学(ICU)学生による宅配ボランティア劇団「虹」から、ニアスでミュージカル公演の希望があり島内でのアレンジもした。実現すればミュージカル公演はニアスで初めての画期的な事となります。

交流訪問の初体験であったニアスの伝統家屋群(ロングハウス)でのホームスティは、Bawomataluo村の大きな集落にあるDumanさんの実家で叶った。おそらく日本人では、いや世界でもまれなる体験だったと思われる。遠来の客へのもてなしは果てしなく、翌朝には石飛びの実演まで披露してくれ、帰り際には伝統衣装や民芸品を記念に頂き破格の大歓迎だった。これも小さな心意気支援がニアス人の心に通じた結果だと思った。


↓Dumanさんのお父さん。高い識見を持った尊敬のお人柄で魅了した。
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↓笑顔で歓迎してくれたDumanさんのお母さん。二アス家庭料理は最高でした。
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↓二アス式ウクレレ?子供は皆ミュージシャンでお見事。
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↓お隣さんも加わりくつろぎのひととき。東京の下町の雰囲気でした。
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↓二アスの伝統衣装、装飾品、民芸品を記念に頂いた。代表してお礼を述べる西田リーダー。
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第1次、第2次の支援実行委員長の西田昌之さん(オーストラリア・国立キャンベラ大学博士課程留学中)の見事なリーダーシップ、MISHOPスタディツアーの会のメンバーの協力支援あっての結果でした。そして自費で参加したすべてのメンバーの心意気が、このようなニアスとのご縁を重ねることができたのでした。

だが復興景気?で、一時的とは云えニアスの物価は1・5倍〜2倍に跳ね上がり、島民ばかりか自費参加の有志には思わぬ負担となってしまった。不覚にもメダン入りした時は銀行が休み。ATMで当面を調達したが限度があった。ホームスティや、L-PAMの事務所に2泊させて頂きなんとか予算の帳尻を合わせたのだった。さらに銀行の両替えもニアスでは叶わず、不足分はDumanさんの協力でメダンへ帰ってから両替えし、L-PAMメダン事務所で清算することで凌げたのだった。後で知ったが、メダンでは街の両替商は24時間やっているとか?こんな失敗もありました。

悲惨な天災ではあったが、善くも悪くも、一市民が国際支援活動をする一つのモデルになったと自負しているところです。支援金以外の費用は全て自己負担となりましたが、やってみなければ分からない事ばかりです。少なくとも日本人の、支援してくれる人の顔が見え、心が通じた事は確かです。一人一人の心と心が通う、人間として小さな信頼関係を築くことが基本で、その意義を感じたのでした。多くの方々からこの支援活動の試みを温かい目で見守って頂いたお陰です。

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*リーダー西田昌之さんは(28歳)、研究課題の「天然資源環境研究」フィールドとしてニアスも入れてあり、震災後の復旧で木材資源の搬出先や環境破壊問題など、訪問中も精力的に取材やインタビューを重ねました。ニアス訪問後タイ東北部に足を伸ばしまだ継続中です。いずれ第2次訪問報告に合わせて一部研究成果を披露して下さるものと期待しています。西田さんやDumanさんのような将来を担う若者を応援したいと思います。
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*ニアスとの継続的な交流を続けるため、帰国後独自に「ニアス協会」をWebで立ち上げることにしました。準備はこれからですが、現地で頑張って私達の心意気を叶えてくれたDumanさん(30歳)を、10月に予定されているMISHOP-NGO交流会:シンポジュームに合わせ、二アスを愛する有志で日本へ招くことにしました。実現に向けて準備しているところです。もし実現したらニアスの現状と伝統文化の話しを伺い、そしてご縁のあった日本を知って頂きたいと企てているところです。それがニアスと日本ばかりか、ニアスが世界中につながる架け橋となればと願っているところです。(文責:Odaka Takeo)
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■ニアス島地震復旧支援関係サイト
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ニアス島地震災害復旧支援
第1次ニアス地震復旧支援実施報告
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現地NGO・LPAM-Niasホームページ
第2次二アス訪問報告&記録
■第2次二アス訪問記録写真集(コメントなし、未整理ですが見られます)
第2次ニアス訪問記録写真集:前編
第2次ニアス訪問記録写真集:後編
二アス島概要
二アス島の様子
ヒリガノウォ簡易水道支援実施の検証
井戸掘削&手押しポンプ支援実施検証
文化交流機構NPO法人円座委託のノートPC
二アスの学校の様子
伝統集落と家屋(ロングハウス)・刺激的なホームスティ体験
二アスの自然
Nias交流協会
番外編:SAKEマスターの地球市民交流
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ニアス支援検証調査(第二回スマトラ沖地震被災者支援)
 MISHOPスタディツアーの会:スマトラ沖地震被災者支援委員会

(1)支援の経緯
 2004年11月、2006年3月のスマトラ沖で発生した津波と地震はスマトラ島を中心として、アジア各国で痛ましい被害を与えました。
 私たちMISHOPスタディツアーグループは、折りしもその地震のちょうど1ヶ月前に北スマトラ州を環境保全運動を学ぶために訪問しておりました。私たちはそのときに知り合ったドゥマン・ワウ氏(当時WALHIスタッフ、現LPAM事務局長)より、スマトラ島の凄惨な被災状況を詳細に知ることになったのでした。

 彼の悲壮なメールを受け、私たちは2005年2月10日にスマトラ支援委員会を設立を決め、募金活動を開始しました。半年に及ぶ議論と活動を経て、2005年7月17日から26日までの10日間、6名の派遣団がニアス島で調査を行い、簡易水道の改修と井戸の改善、ゴミ箱の設置の三つのプロジェクトを行いました。
 この支援はプロジェクトの規模は大きいとはいえませんが、市民団体の一グループが、海外のローカルNGOと地域コミュニティに直接コンタクトをとり支援を成功させた数少ない例の一つとなりました。

 今年度はさらに一歩進めて、前年度の支援を検証することを行うことにいたしました。昨年のプロジェクト終了当初、支援検証の調査隊の派遣は、計画していませんでした。しかし、昨年の帰国後、LPAM事務局が多忙なため、ニアスからのメールは滞りがちで、プロジェクトの失敗が危惧されておりました。そのため、もういちど現地へ向かい、たとえ失敗してたとしても、支援その後が知りたい、詳細に調べ、共にそこから学びたいという支援委員会の内部の声から今回の検証調査隊の派遣が実現しました。
2006年4月頃より第二次派遣団の参加を募集したところ、実に6名ものメンバーが参加を表明してくださいました。 

 さらに、私共のニアス支援は広がりをみせて、スタディツアー内部からだけではなく、外部のニアス支援の動きとの合流もありました。
文化交流NGO「円座」より4台のノートパソコンの提供を受け、共同でIT教育支援を行うことになり、ニアスの小学校に寄付することになりました。
また、国際基督教大学 「劇団虹」のレインボープロジェクトというスマトラ沖地震被災地でのミュージカル公演を行うプロジェクトと合流し、現地の講演コーディネートも行うことになりました。
ニアスの支援検証隊の調査は2006年7月6日から17日の11日間に及びました。

(2)支援の結果

その結果、私たちの導入した支援は、すべてLPAMの監督の下、完成しておりました。

プロジェクト名完成状況評価
ヒリガノウォ村(Hiliganowo)
簡易水道改修2005.8月完成送水管の修復が完了。水の供給は改善したが、3点で問題が発生している。
1.水源の地主が水利用権を要求している。
2.水源の水自体が減少傾向にある。
3.工事費用の支払いが遅れた。安全な水への村民のアクセスは向上したが、水利権の問題が発生している。

オローラ (Olora)の井戸設置工事2005. 8月完成当初の一箇所の改善計画を拡大した。

2本の井戸の改善と1本の新設を行った。
コンクリートの仕切りと基礎を持つ井戸に改善。

もうひとつは男女に分けた小屋を設置し、井戸にハンドポンプの設置、さらに一本の井戸の新設行った。完成後、LPAMスタッフを送り、地域住民の使用が確認している。

MISHOP MTG側も使用の状況を確認
ゴミ箱設置プロジェクト中止。オックスファム(Oxfam)により、ゴミ箱の設置が行われ
たため、需要がなくなった。資金を井戸掘削へ。妥当な判断。

一部運用の面で問題がありましたが、基本的な部分においては想定した村民の利便性が
十分に確保されたと考えております。

 スマトラ沖地震被災者支援委員会の活動は実に多くの市民の皆さんの温かい支援に支
えられて活動をしてきました。スマトラ沖地震の被災者を救いたいという願いを、ニアスの人々との協働により形にできたことは、ニアスの人々にとっても、私たちにとってもすばらしいことでした。私たちの支援は完全に成功裡に終わったということはできませんでした。しかし、支援活動や検証の中で、現地で直接村人と出会い、話し、日本の市民のニアスの復興に対する思いを伝えられたことは大変に価値あることであったと考えております。
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(2)今回の日程 (2006年7月6日-15日)
           
・7月6 日(Thu)
 クアラルンプールKL(クアラルンプール泊)

・7月7日 (Fri)
 クアラルンプールからメダンへ(MH864 )Medan(メダン泊)

・7月8日 (Sat)
 メダンよりニアス空港(BINAKA)‐グヌンシトリへ
 LPAM事務所で会議Gunungsitoli(グヌンシトリ泊)

・7月9日 (Sun)
 Hiriganowo(ヒリガノウォ)訪問       
 村の教会建設式に参列、村長(Kepala Desa)の弟の葬儀。
 水道管調査、インタヴューSorake(ソラケ泊)

・7月10日(Mon)
 Hiriganowo(ヒリガノウォ)再訪問
 村長(Kepala Desa)にインタヴュー
 SDN Teluk Dalam(トゥルクダラム国立小学校)でインタヴュー
 SDN Orahili Fau(オラヒリファウ国立小学校訪問), Teluk Dalam,
 「円座」寄贈PCの相談Sorake(ソラケ泊)

・7月11日(Tue)
 Lahusa(ラフサ)、LPAM住居建築プロジェクト中央資材倉庫訪問。
 Teluk Dalam(トゥルクダラム)でインタヴューSorake(ソラケ泊)

・7月12日(Wed)
 Baomataluo(バウォマタウオ)訪問
 ホームステイ、インタヴューBaomataluo(バウォマタウオ泊)

・7月13日(Thu)
 Baomataluo(バウォマタウオ)の森へ
 インタヴュー
 Gunungsitoli(グヌンシトリ,LPAM Office)に帰還
 YTB(Yayasan Tanggul Bencana Indonesia/ Disaster Response
 Foundation of Indonesia)を訪問、「劇団虹」のアチェ公演のコンタクト先の手配
 Gunungsitoli(グヌンシトリ,LPAM Office泊)

・7月14日(Fri)
 Lahewa(北部地域)訪問、Olora(オローラ)の井戸調査Gunungsitoli
 (グヌンシトリ,LPAM Office泊)

・7月15日(Sat)
 LPAM事務所での最終会議
 メダンへMedan(メダン泊)

・7月16日(Sun)
 メダン観光(王宮、博物館など)Medan(メダン泊)

・7月17日(Mon)
 メダンからクアラルンプールへ (MH861)
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■メデア
2006年9月9日(土)読売新聞武蔵野版に掲載された記事。

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by niasu06 | 2006-07-27 12:25